人々は無意識に情報を求めているとかなんとか。電車で隣に座っている人が新聞を読んでいると、ついつい目がいっちゃいますよね。高度情報化社会である現代、人々はメディアの持つ力とそのコントロールの方法を知らねばなりません。
日本はマスメディアの国です。他の国と比べユニークなマスメディアを持っていいます。
日本の新聞の発行部数からみると、三十種類の新聞社は一日で七千万部となります。
世界で一番新聞が発行されている国は、十五年前はアメリカ。
今は中国・インドです。中国は毎日1億3千万。インドは9000万部。
二年前はアメリカは7000万と、4位まで転落しています。
「新聞が皆に読まれている」という事を表す普及率を調べると、1000人あたりの普及率では、香港・スイス・ルクセンブルク・フィンランド等は500部という割合で国民全体に普及しています。しかしこれらの国は国土が狭かったり、人口が少ない。
そのなかで1000人あたり490部ほど読まれている日本は、世界で唯一、「マスメディアが機能している」国であると言えますね。
そして日本で重要な事はテレビがどこでも視聴可能で、しかも民放は無料ということ。
NHKなどはお金を払うことにはなりますが、少なくとも5チャンネルから8チャンネルを観る事が出来ます。こういう国は世界で日本だけです。
やはり「日本はマスメディアがきちんと機能している」という国だということですね。
そして何より日本が貴重なのは、「言論公共空間」という「表現の場(情報・意見の交換の場)」がきちんと存在している事です。
規模の大きさに差があるとはいえ、新聞テレビ雑誌といった意見交換の場がきちんと存在しているのです。
そしてその大本にあるのは、「自由」です。日本国憲法のもと、政府に良い顔をしなければならないとはいえ法的な大原則からみて自由だという事は、世界ではなかなか珍しい例です。
要するに「タブー」をのぞけば、表現の自由という原則に、「例外を持っていない」という事です。
アメリカであれば、戦争状態になると検閲が始まります。イギリスだってそうです。
米国防総省が放送する前にチェックをして、メディアコントロールを行います。
9.11以降、愛国者法が施行されたアメリカは、電話やEメールを盗聴する事が可能になりました。日本は通信の秘密を憲法で保証しています。この事を裏返すと、日本中の国民は、新聞やテレビといった情報源に、「平等に」アクセス出来る。 という事である。
メディアへのアクセスの自由が貫徹している国であり、これがとても珍しい事であり、そういう国で私たちが暮らしているということを忘れてはならないのです。
ただひとつ問題がありまして…
そのメディアを用いている側に大きな間違いがあるという事です。折角「マスメディアが機能する土台」は出来ているのに、それを作る側が腐ってるのです。
どれだけ報道されてない事件が多い事か。誰も興味が無いモノの特集を組んで、さも大ブームとなっているように表現したりとか。所謂韓流ごり押しという奴ですね。
放送の最中にディレクターが飛び込んできて、キャスターが読んでる記事を差し替えたりという事件もありました。
まあ腐ってます。根っこから。メディアの見方として何より大切な事は、常に疑いをもってかかる事です。
新聞、テレビの強みとして、信頼性があるという事があげられます。
分かりやすく言えば、「Twitter有料化!」という記事がネットで流れてきたら、まずは疑いますよね?そんなわけないだろ って。
しかしこれがテレビや新聞で大々的に書かれたら、信じてしまうでしょう?
計り知れない力を持ってしまったメディアは、その力を上手く扱えているつもりで、逆に操られているのかもしれません。
近いうちにテレビも新聞も廃れます。
恐らくマスメディアの敗因は、勝利への焦りです。

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